バイク歴5年下手っぴライダーである私のやらかしエピソード

バイク

今回の記事ではバイクの中型免許を取得して5年目になる私のバイクやらかしエピソードを書いていきます。本記事を読んでいただき、免許取得に向けて踏み出せずにいる方や、現にバイクを所有したが何らかの理由で挫折してしまっている方に対してのささやかなエールになってくれればなと思います。というのも、私自身が免許取得で非常に苦労し今でも運転に自信がない人間だからです。

その出来事に直面している時はだいぶつらい思いをしましたが、それらがあったからこそ今まで他人を巻き込んでしまうような大きな事故もなく来れているのかなとも思います。苦労しているのは自分だけではないのだな、勉強のための機会だったのだなと思ってくれる方がいてくれれば幸いです。

劣等生だった中免教習にて、補習を重ねて乗り切ったスラローム

私は中肉中背の一般的な男性で特に身体的なハンデを持っているわけではありません。しかし教習所で初めてバイクに触れた時は、こんなもの自分に扱い切れるはずがないと思いました。ささいな操作でとてつもないリアクションが返ってくる理解不能な機械がバイクであり、授業のたびにそんな恐怖のすり込みと格闘していました。

そして自分の劣等生ぶりを実感したのが、パイロンスラロームの実習に入るタイミングでした。私の記憶だと、この課題ではアクセルを開けることで傾けた車体を起こすという基本動作を教わり、その動作の連なりでスラロームを描いていく、ということだったと思います。

しかしこっちはバイクに対する負の刷り込みがあるため、車体を傾けることも繊細なアクセルワークもできるはずがありません。初めて教習でずっこけたのもこの時でした。よーいドンでみんながスタートしたのに自分だけ取り残されているではないか、そんな劣等感が明確化された瞬間です。

結局2回分の補習を持って次の段階に進むことができました。正直今教えられた通りにスラロームを走ってみろと言われても自信がありません。私の教習所では走行中クラッチ操作はするなと言われましたが、卒検ではその禁を破って何とか恐怖のスラロームを走り切りました。

現に教習所に通っている人であれば先生から言われているはずですが、試験はあくまで総合点なので私のように鬼の半クラでスラロームを乗り切るもよし、とにかく不格好でも走り切るその気持ちが大事なのかなと思います。

当時の私はほぼ休職中のような状態で、いろんな面で自信を喪失していた時期でした。それもあって自分でも人より時間がかかったとはいえ試練を克服できたということは大きなプラスになりました。私のように社会人になってから免許取得に挑戦することの良さはそこだと思います。大人になるとやるべきことがあるにしても、それが明確な形で提示されることは多くありません。そんな中で明確な試練とそれを達成する機会が得られるという点では、大人の方にこそバイク免許を取ることは貴重な体験になるはずです。

YB125SP、高速を爆走する

これは免許取得後、中型に乗る前YB125SPというヤマハの原付二種バイクに乗っていた頃の話。私の住んでいる近辺には、数百メートルの短い高架道路と首都高速の入り口が交互に配置された大通りがあります。

多くの首都高入り口は車線を跨いで進入するものなので、今の感覚で言ったらそんなもん見落としようもないと言えるでしょう。でもその当時はわざわざ標識を確認してようやくここは行っちゃいかんと気づくレベル。そんな奴が公道に出ればどうなるか。たくさん情報が飛び交う道路上で、過ちを犯すわけです。

一見中型なのに実は125cc、そんなこのバイクの負い目に私の同情が重なったのか、私は首都高入り口のそり立つ壁を勢いよく駆け上がりました。その時は動揺著しく、125ccで進入してしまったことではなく、ETCレーンのつもりが現金レーンに入ってしまったことを料金所のおじさんに訴える始末(もちろんこのバイクにETCはついていない)。

最近の調べだと、首都高速では原付、自転車、歩行者の誤進入は年間400件以上にもなるそうです。私の場合は幸い入り口すぐに料金所がありましたので、そこでパトカーと首都高の車両の到着を待ちました。料金所ひとつを塞いでしまうし、大変な意気消沈ぶりだったかと思います。料金所のおじさんが元気出せと飴玉をくれたり、昔のバイクの思い出を教えてくれたりと励ましていただきました。その後、到着した2台に挟まれた形で次の出口まで誘導してもらいました。違反切符は2点の減点と反則金でした。

とても恥ずかしいことではありました。でも振り返ってみると悪いことだけではなかったなと思います。なるべく他の車両の通行を邪魔せずに出口まで走り切らなければならないので、警察の方からはこのバイクの性能はどんなもんなのか、いけるのか、といった感じで確認がありました。まずいかもしれん、私は動揺しました。普段YBで長い直線を走ることがなかったので、このバイクの力は自分でも未知数なところがあったからです。しかしどうでしょう!なかなかやるではないですか。なんとか後ろに行列をつくってしまうことなく走り抜くことができました。

そうかそうか、お前はやろうと思えばやれるやつなんだな、機会が与えられないだけで。そんな感じで自分のバイクに対する新たな発見になりました。何よりともに苦難を乗り切ったかのような一体感を感じることができ、より愛着を強めることができました

初めての自損事故

免許取得から一年経ったかという頃、東京の道路にも慣れ排気量も250ccにアップできました。この時になってようやく、走ることの楽しさ、例えばバイクを傾け自分の思った方にカーブを切れる気持ちよさなどを実感できるようになりました。そんな頃、バイク歴5年目になる現在から振り返っても最も危険なやらかしをしでかしてしまいました。おそらくタイミングが悪かったら命に関わるほどの。

またも近所での出来事。そこは片側一車線のブラインドになった緩やかなカーブです。自分にとってはそのほどよいカーブが車体を傾ける練習にはちょうど良く、通るたびにどこまでいけるかという腕試しの感覚でいました。またその日もいつもと同じようにカーブの入り目掛けて加速して行きます。すると路面に何か白い筋がついているのがかすかに確認できました。おそらくそれは他の車から漏れたオイルか何かだったのでしょう。

左カーブに沿って傾けた車体を引き起こし再度アクセルを開こうかという瞬間、タイヤが曲がる方に滑りました。パニックになった私は思いっきり前ブレーキを握ってしまいます。そこからはもう全くの制御不能で跨った状態のまま反対車線に引きづられて行きました。幸いにも死角になったカーブの先の信号が赤になっており、対向車が走り出すタイミング。あと数秒でも時間が遅ければ車の下敷きになるか、横から激突していたでしょう。

この事故があって以降、必要以上にバイクを傾けて走ることはしなくなりました。そうすることで自ずとスピードも自制するようになり、結果的に今まで安全運転で来れたのかなと思います。また雨の日などでタイヤがロックした時に、転倒する代わりにブレーキを緩め安全なところで体勢を立て直すといった少しの余裕も持てるようになりました。


いかがでしたでしょうか。何かしらのアクシンデントがあるからこそバイクという乗り物を理解できる、そう言えるかもしれません。私も初心忘れずこれからも安全第一でバイクを楽しんでいきたいと思います。

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